第47章 アロー号

改良されたアロー号が横たわっている。1950年代を彷彿とさせるふっくらした流線型の形が可愛い。ただロッコがデザインした機体とは、少し趣が違ってみえる。4本の核弾頭ロケット弾が装備されているからだ。
一月前の、白熱した議論の日々が思い出された。

ここは、空軍の特別基地だ。最先端の戦闘機がずらり並んでいる。その中にあって宇宙からの最大の敵を迎え撃つという大役をになったアロー号は、かなり異質な存在だ。
戦闘機が持つ威圧感も、現代科学の粋を集めたという戦うマシーンとしての凄みにも、はなはだ欠けています。でもそれも、これも全部ロッコの計算どおりのことでした。

ロッコが地球を代表してid星阻止のため、宇宙に飛び立つことになりました。
世界中にこのことが発表されてから、主要国のメガ空港には毎日続々と、ロッコファンが押し寄せ、大変な騒ぎとなっていました。
地球の危機の実体が特定されて以来、人はその多種多様性を存分に発揮しはじめていました。各国それぞれにおいても、自国民をコントロール出来ている国は、もはやなく、混乱と不安にさいなまれて自暴自棄に陥る人々を、少しでも平穏な気持ちに導く事の出来た政治家の力、政治家の言葉は、何処の国にも有りませんでした。
人はみな自分で考えて、行動しはじめました。本来あたり前のことをすっかり忘れてしまっていました。独裁政治の社会主義国においても予想をはるかにしのぐ出来事がおきていました。民衆の声なき声が凄まじいうねりとなり国全土をまきこんだのです。
国境に押し寄せた何千、何万という人々の熱い決意の前には“撃って撃って撃ちまくれ”という平然と出された射殺命令にも軍人として従いきれない何かが彼らの中に生まれ始めていました。
威嚇発砲しても圧倒的な熱い決意の前にはまったく為す術もなく、見過ごさざるをえませんでした。その軍隊に異変がおきたのです。

同胞が国を捨て次から次へと出て行く。
国こそが唯一の寄辺だったはずなのに。彼らに去来したものは、世界中が地球という単位で語り始め、行動し始めた時、我が国の民衆はまず国を捨てようとしている。それでも国家とその指導者に隷属し続ける自分たちの理由は何だろう。自問自答しました。ふと、われにかえった彼らの胸にも、同じく熱いモノが沸き上がってきたのです。
本当に守るべきものとは、なんだったのか、、、。

軍人として国家に忠誠を誓った象徴である軍服を、次々と脱ぎ始めました。人々も同調の歓声を上げました。戦車から飛び出た兵隊達もみな脱いだ軍服を手に、手に、掲げていました。無表情で冷たい感情しか見せたことがない青年達が何か叫びながら空高く軍服を放り投げ始めました。国境をうめていた迷彩色の異様な集団はあっという間に、
白い歯の笑顔が清々しい、頼りになる若者達にかわっていったのでした。

崩壊の第一章は、鉄壁の団結を誇っていた独裁政治国から始まりました。
でもこれは序章に過ぎなかったのです。もう何処の国も収拾がつかないほど騒然としたありようでした。

こどもから大人まであらゆる人々が、だれひとり避けて通れない同じ運命がまっている。
あとわずかな日々ののちに、、こんなことは、みな、もちろん初めての経験です。いつも争いのタネだったことを誰も口にしなくなりました。じっさい熾烈な戦いをしていた国同士もすっかり何ごとも無かった様に静かになりました。
テロとか、革命とか、暴動とか差別とか毎日、ニュースに欠くことの出来ないワードがすっかり消えて、その代わりに銀河、月、太陽系、彗星、爆発、宇宙などともに、id星のことが取り上げられない日は無く、運命論や地球を取り巻く宇宙の環境問題、スペースデブリ、月に遺棄している地球のゴミ等が、やっと深刻に議論される様になってきました。
地球規模の連帯意識がこの地球の存亡の危機を迎えて運命共同体として一つの大きな塊になりつつ有りました。

空軍基地では、博士、サッチーナ、ソロバン先生、お父さんお母さん、きいちゃん、特別に許可が下りたトラ吉親分と子分のシマとら、クマとら、それにもちろんルナ。しずこに抱かれてるが腫れぼったい目をしてぐったりと顔を上げる様子もない。
みな口数が少なく緊張しているのがよくわかります。もしかしたら今日がロッコと最期の別れになるかもしれません。でも誰もそのことにふれようとはしません。博士、サッチーナ、お父さん、お母さん、4人にロッコは深々と頭を下げました。互いに言葉を見つけることができません。

ソロバン先生がしずことルナを両脇にかかえる様に抱きしめて、ロッコに教師として最期の言葉をかけました。
「どんな事があっても、あきらめず、最期までね、、、、、やりとげるのですよ、、しっかり、自分を信じて、、」
はい。
返事をするのが精一杯でした。
トラ吉親分のしっぽがかつてないほど回転し、その勢いでお尻がヘリコプターの様に持ち上がって、逆立ちした様に飛んで行ってしまうのを必死になってシマとらとクマとらがおさえていました。
「ロッコ?!!」
嗚咽を孕んだ裏返った悲鳴にも似た声がしました。
きいちゃんです。
きいちゃんはロッコをもち上げしっかり抱きしめました。
ロッコもきいちゃんの温もり、匂いを忘れまいと身を委ねています。
きいちゃんはイヤイヤをする子供のように抱きしめたロッコを左右に振りながら
「なぜ! なぜ! ロッコじゃなくちゃイケナイの!、、やだあ、やだ!」
と、あたり構わぬ様子で取り乱していました。ロッコは耳元できいちゃんに言いました。
きいちゃん、、本当に今日までありがとう。
これを、、、と、言ってきいちゃんの手に何かをにぎらせました。
ルナにも、、ね。
と、言うと右手の肉球で左右の目をサッと拭き取りみんなの前にでてもう一度頭をさげ、努めて明るい調子で
いってきま~す。
と、くるりと皆に背を向け、アロー号に向かってゆっくり歩いて行った。

もう振り返らない、絶対!
小さな背中いっぱいにたくさんの感情が、痛いほど突き刺さる。
ひとつ一つ丁寧に返したい気持をこらえながらロッコはアロー号に跳び乗った。
眼をつぶり深く息をはいた。
錯綜した映像が次々とロッコを襲った。
しかし今のロッコは過去の事よりこれから作るまだ見ぬ映像に心躍るのだった。
あの時、ロッコは自らこの課題の最終章を選んだのですから。

ボクが行きます! ボクが、、、