第46章 ロッコとシャーベットパウワー氏

“あなたは選ばれたの、、、。運命なのです。”

ボクは、運命という言葉が最初はどういう意味か、わからなかったんです。
だってこれからなにがじぶんに起きるかなんか、だれも分らないのに、
もう前から決まってた事があるかのように言われても、
それはだれがきめたの、どうしてボクに?、、、、考えてしまう。
その美しい人はボクが生まれてくることを“待っていた”ともいったんです。
そして、ボクを宇宙の旅に連れて行きました。
そこで“愛”という言葉を知りました。
ボクたち動物にも似た感情はあるんですけれど、人間が育んできた愛はとても複雑で多彩です。
この事に気がつくまで随分時間がかかってしまったけれど、
このことはとても人間の事をよく表してる事だなぁ、って思います。
今80億人の人間が地球に住んでいるそうです。
もちろん赤ちゃんや子供からお年寄りまで全部含めてですけど、
たくさんの人達がひしめき合ってる。きっと愛というのは
この多彩な人間関係の中で育まれた文化でしょ。
それは
どんな人でも
どんな時でも
どんな場合でも
いちばん大事にしなければいけない事なんだ、ということを学びました。
ボクには、とっても尊敬するお父さんと優しいお母さんがいます。
それに大好きなきいちゃん。
家族に抱いているボクの感情が、きっとこの“愛”というものなんじゃないか、と、思ってきました。
でもルナとは大分違う様な気がする。
ルナと初めて逢った時から、知らなかった感情が急にいっぱいふえた感じで、
もうドキドキしたり、ワクワクしたり、自分で自分のことが分からなくなってしまうし、
こう言おう、ああ言おうと、思っても半分も言えなくなってしまうんです。
何をしていてもルナのことが気になって、逢うとなんでもしてあげたい。
ルナの喜ぶ顔が見たいとか、なぜか自分でも、優しい気持ちになれるんです。
でも、いつもぶつかってしまうのが、地球危機のこと。
ルナはボクが宇宙へ行くのはぜったい反対! 涙を流していつもこう言うんだ。
「なんでロッコが人間たちのために宇宙へ行かなければならないの?
私には分からない、、人間達のことは人間に任せておけばいいんじゃないの!?」
ルナには、多分まだわかってもらえないと思う。
ボクもこのままルナと一緒に生きていきたいと思います。
ひとときも離れたくない!
博士の家で、初めて逢ってから
それからずっと一緒にいるし、、、これからも一緒に居たい、、。
ぜったい!!
でも、、
もうボクの運命は決まっているんだ。
あのキレイな人と逢った時、ボクまだ子どもだったけれど
あの時決めたんだ。自分で選んだんだ!
そのことは守りたい。
Xデーが近づいてきた今、、毎晩、夢を見るんです。
お父さん、、お母さん、きいちゃん、、、、そしてルナ。
夢を、、。
もうすぐ、、、、会えなくなる、、でしょう!?
そのことを思うと、どんな楽しい夢でも起きたら
悲しくて、、自然に涙があふれてきちゃう。
博士やサッチーナ先生、仲間のシマとらやクマとら、とら吉親分たち、
学校で会った友達たち、みんなみんなひとり、ひとりたくさんの思い出がいっぱいある。
ソロバン先生ともしずことも思い出をたくさんつくってきた。
でも、Xデーに地球を飛び立つボクは、もう二度とみんなと新しい思い出は作れないんです。
本当に悲しくて、、

「ちょっと、、!」
シャーベットハウアウアー氏が重い口を開いた。
「それは地球に戻れないという事を言っているのかね?」
ギロリと眼球が、つぶった瞼の裏側で動いたのを
ロッコは見逃さなかった。緊張が走る。

え!? え〜っぇ、、そ、そうです、、。
「ふふ〜む、、、そうだったのかぁ、、“死”を失ってしまった哀れな哲学者を待っていたのは、人類消滅という筋書きだったのか、、人類という種が消える、私もまた、、、物理学的必然性か、、、!?」
独り言のように言うと、ギュウーーーと電動車椅子の背もたれを30度ほどさげて、深いため息をついた。

閉め切ったはずのカーテンのわずかな隙間から入ってくる木漏れ日が、丁度シャーベットパウア氏の顔を包むように浮き上がらせた。
生けるブロンズ像のようなその硬くひきしまった横顔は、すでに200年以上の時を人間探求に捧げてきた、歴史と苦悩が漂っている。
ロッコは、シャーベットハウアー氏が突然何を呟き出したのか、さっぱりわからなかったが、何か自分があっさり答えた事が、氏を深く誤解させてしまったように思えた。

あのう、ボクが地球に戻れないのはもう決まっている事なので、
つまり、、その“運命”なんです。

「それは、どういう意味かね、、」
え!?
「君は死を畏れないのかね?」
死をおそれる?
「人間は死を畏れている。死と向き合うことに人は皆躊躇する。人の死は日常的な出来事として理解するが、そこに自分がいたかもしれないとは思わない。
生を受けたものはいずれ死を迎える。いつか分からない。今日かもしれないし、明日かもしれない。しかしそのイメージに自分はいない。これは不幸なことだ。じぶんの死を見つめることができるのは人間のみの特権だから、、、あ、いや、、そのきみもいたな、、」
仰ることは何となく分かります。
でもボクは永遠の命が与えられることにむしろ幸せを感じています。
「永遠の命?」
はい。
「なにかねそれは」
わかりません。
「わからない!? わからないって、、キミ、そんな曖昧なことでこんな大役を引き受けたのかい、。地球を救うって、、」
僕はみんなを見守ることができるんです。
この地球を救うことができたら。それも永遠に、、、
博士は信じられないという気持と、その単純さにいささかひるみ
「これはいったいどういうことか、、、、、この純粋な無私の心、、が我々の頂点に立とうとしているとは、、、80億人の、、、、」
絞り出す様につぶやいた博士は深く目を閉じた。

ほどなくシャーベットパウアー博士の目から涙があふれてきた。
堅く骨張った顔だちはそのひとすじの涙さへ行き場を拒む様に彫りの深い目元に溜まったまま流れようとしない。
ロッコはキラキラと落ち着きなく揺れている小さな水たまりをじっと見て思った。
哲学者の涙は、理由なく簡単には流れないんだ、、。

懐に入れた手がロッコにさしだされた。
慌てて両手の肉球をいっぱいに開いてそれを受けとった。