第32章 ロッコと6人の賢者達

ビーーーイーィェ??ェィ?ピィーーーーィーー

二階の広間の古い内線用通話機がなった。少しかすれかかった音だ。
だいぶ古くなった、配線の所々が切れかかっているせいか、調子っぱずれでムラのある何ともユーモラスな音だ。

サッチーナとロッコは次を待った。しかし、音は一度きりだった。
2回鳴ったら、サッチーナも一緒に、、3回なったら、みんなでと、あらかじめ決めていたからだ。
ロッコはサッチーナをみて小さくうなずいた。ルナをみて、またあとでねと目線を送り一階へと向かった。

ゆっくり一歩ずつ歩くロッコ。
今日会う人たちはいままでとはだいぶ事情が違う。
チャンスウインスキー博士が6人いる様な感じだ。学問を通してロッコも名を知った、尊敬と憧れのないまぜになった人たちがいま、同じ家にいるんだ。博士が言った。
「ロッコの夢を実現する為に、、地球の不幸を防ぐ為に呼んだメンバーだ。いま考えうる最高の英知が集まった」
その言葉が伽藍堂の中で聞いたように、頭の中を伸びやかに反響してやまない。
扉の前に立った。
コンコン、、
ガチャ、、
「どうぞ」
博士だ。
いつもの優しい笑顔で扉を開けてくれた。

ロッコは昼間練習した通り、5歩前に歩いたら止まって、そこで挨拶をする。
博士もサッチーナも、そう5歩ぐらいが丁度いいんじゃないか、、と、決めていた。
にもかかわらず、ロッコは一歩を踏み込んだ途端、ズラりと並んだ彼等の想像以上の迫力に気圧されてしまいました。
辞典や教科書でしか見たことのない人、テレビで顔を憶えてる人、等が今目の前にいると思った途端、二歩三歩と、歩を進めたつもりが足が絡み合い、それを慌てて修正しようと下を見たら、今度は上体がまえに倒れそうになって、これはいけないと焦って、ちょこまかちょこまか小走りになってしまい、たまたまこの直線上にいたウンベベ氏のすわっているソフアめがけて突進してしまいました。

「あああうあうウアツ!!」
ウンベベ氏の形相がみるみる変化して、丸い目は飛び出る程見開いて、真っ赤な口は言葉にならない叫び声であふれ、この得体の知れない小動物が、どんどん向かってくる事に、明らかに恐怖しているが、よける事も立ち上がる事も出来ない。
実はアフリカ生まれだが動物が大の苦手、それも小動物が特にダメ!

ウァァァ〜、
ロッコも、真っ赤なウンベベ氏のおおきな口の中に吸い込まれそうで目をつむって、必死にブレーキをかけていました。
もうだれもがぶつかると思った瞬間、
キイ〜エ!!
ウンベベ氏の顔3センチ手前でロッコの顔が止まりました。
ロッコはとりあえず、
どうもすみませ〜ん!
と、叫んで目を開けた。

恐怖で引きつっていたウンベベ氏
「あ〜ん!? “すみませ〜ん!?”、、、えっ!?、、ええええええ〜え! は、、は、博士! な、なにこれ!?」
声が裏返ってしまっています。
飛び出る程大きかったウンベベ氏の目が一気にしぼみ、いわゆる点になって焦点がよくわかりません。呆然自失といったところです。

博士は「あぁ〜あ」と一つため息をついて
「ねぇ、、だから言ったでしょ、、、もう少し説明が必要だと、、ねぇランディ?、、、ランディ!?」
ショタイナー氏も微動だにしません。博士の声は聞こえない様子です。じっとロッコをみつめています。

ロッコはこの緊急事態をどうしたらいいか、、すごいスピードで頭の中をかけめぐりましたが、ぐちゃぐちゃで、答えを探せません。
ただロッコはウンベベ氏の目の前まで、12歩できた事をあの慌てた状態の中でもしっかり憶えてました。
え〜と何歩多くきたんだろう12-5=??
ロッコは何を思ったのか11、10、9、8と数を数えながら一歩づつ後ずさりをはじめました。
ロッコが現れた事だけで、この希有な6つの頭脳に“混乱”の極みを与えるに十分でしたが、次なる動きはさらに“錯乱”をも与える羽目になってしまいました。
、、、、7、6、5、、、5、だ!
ここだ! 足下を見ながら予定どうり5歩まで戻ったロッコは、改めて背筋をぴっと伸ばして、
サッチーナから言われた“落ち着いてね、、ゆっくりと全員を見わたして、それから、、ねっ”
という言葉を思い出していました。
ロッコはとにかく目の前の人たちを見渡し、
そして
こんばんは、私はロッコと申します。ちょっとお騒がせしてすみませんでした。
、、それと、、え〜と、、皆さん大変お忙しい方々なのに
この度は、お集まり頂きましてありがとうございました。
と、頭を下げ、辛うじて予定の“ご挨拶その1”を終えた。

その瞬間、ただならぬ空気が一挙にまとまって再びロッコを圧迫した。
誰かが“ハイ! フリーズ”と号令してしまったかのように6つの存在は、それぞれが、無防備な彫像の塊となってリヴィングのあちらこちらを占拠してしまった。
その烈しく変化して止まった表情は、疑念、猜疑、仰天、疑心、などアカデミックな威厳と誇りは失うまいと必死の体だが、要するに皆、腰をヌカしてしまったのです。
世界の思想界を今まさに牽引している6人たちだが、まるで言葉を封じ込められたように押し黙ってしまった。
リヴィングの全ても申し合わせたように押し黙っていた。

ギィ〜グウィ、ギィ〜グウィ、ギィ、ギイイ〜、、、

乾いた空気が漂い、人の気配さえフリーズしてしまったかのような、ほんの僅かの間、18世紀製の古いロッキングチェアだけが、止まることを忘れて呑気に揺れている。
今日のお客様は、博士の倍はあろうかと思われるりっぱな体躯の紳士だ。しかも上体をロッコの方に前屈みになったままフリーズしたらしく、とても均衡を保つどころではないらしい。

その紳士は、パンジェロミン・フロンコリン(Penjeromin・Fronkorin)氏。
あたらしい体制づくりをするとき、基本的ルールづくりに欠くことの出来ない人物である。
だが、彼は、ことを、まとめる議論にはあまり興味を示さない。ほとんど寝ている。しかし議論が整理されて、ぼんやり形が見えてきた頃、最終的成型作りに俄然その才を発揮する。
横で、泣きそうな顔でフリーズしていた紳士が、どうやら最初に融解しつつある。何やら首を傾げながら独り言を言い出した。
「こ、これはたいへんなことだ! しかしなんたることだ! この、、この、、、モ、モノは、、これはカテゴリーにない! 今までのカテゴリーに、、、ネコ、、ネコのはずだ、、、だから属名は“Felis”だが先ほどの“言葉“を聞くと、とてもネコの範疇で考えるわけにはいかない。となると、Homo sapiens!? いや、“Felis sapiens”!? いやいや、、いや!」

ぶつぶつ言ってるこの人こそ、あの“分類学の父”と呼ばれるコール・フアン・ロンネ(korl・van・lonn’e)氏。博士がとても尊敬している科学者だ。
地球には人間と共に多彩な種が生き続けている。幼い時のロンネの疑問は、樹々が、花々が、虫達が、なぜこんなにたくさんの種類がいるのだろう?
この疑問に答えてくれたのは腹痛で見てもらった町医者のヤン(Yann)であった。Dr.ヤンは笑いながら、
「それはみんな意味があるんだよ、、、違って生まれて来る理由があるんだ、、人間もそうじゃないか」
「え! 人間も沢山種類がいるんですか?」
「そうさ、何十いや何百とこの地球にはいるんだよ」
「本当!?」
目を輝かして、見上げて来る5歳になったばかりの少年ロンネが、すでに持ち始めてる、着眼点の非凡さに、ヤンは内心驚いていた。
まだ自国の人間しか見たことのないロンネには、驚きと共に好奇心をたぎらす言葉だった。
Dr.ヤンはすかさず、「いつか“ループランド”を探検してごらん、そこで気持ちの優しい人々と、沢山の動植物に会えるよ」
ロンネはこの言葉を忘れずに、後に“ループランド”を探検している。

“違って生まれて来ることには、、、、みんな意味がある、、、理由がある、、”このことにロンネは生涯のテーマをみつけ、路傍の草花も、まだ見ぬ沢山の動物達も、きちんと分類し、その存在を学術的に公平かつ合理的に仕分けした。代表作『生き物の属性』を発表したのは、ダーウインの生まれる半世紀前のことである。地質学、植物学、動物学、哲学等フィールドの広い科学者である。
やがて、時が、各人の息づかいを取り戻しはじめた。