第30章 6人の賢者(2)

“いやいや、誰もまだ、なにも、わかっておらんよ”
言葉どおりの意味であろう。
だが、近代哲学の巨人、シャーベットパウアー氏の言葉となれば別である。本義はなにか、、?
6人はざわめきあった。

もともと博士が尊敬し、シャーベットパウアー氏も博士を認める旧知の仲。
今回博士は、まわりの哲学者に声をかけるより若手の行動力のある哲学者にしたいと思い、シャーベットパウアー氏に相談した所“わしが行く”と言われてしまい、さすがに、断りきれず「お願いします」といってしまったのでした。
しかしこれほど、伝説と謎の多い人物もいない。その優れた著作は数々の歴史上に登場する哲人達に影響を与えてきたが、、19世紀の話である。皆死んでしまったが彼だけ生き残っている

70歳の時、インド哲学の源流を探るといって、インドの奥地で消息不明に。2年間の大規模な捜索にも何ら発見することがなく結果死亡と決まりその年、葬儀が行われた。しかし4年後『永劫なる表象』を発表。世界を驚かせた。
その後、生き続ける苦悩を語った手記を大衆紙に掲載。極めて率直な内容で、インドの奥地で不思議な少数民族に助けられた。
その時私は彼らの言う所の“めでたい死”を迎える所だった。死への祭りが整った所で、私は朦朧とした中でうわごとのように何かをしゃべったらしい。
それを聞いた呪術師が“生にとらわれてる”として祭りは中止となった。村人は赤いウズラの卵ぐらいの実をもってきて、せっかくの死を逃したものは、この木の実を食べねばならないと私の口に入れた。それ以来、死を迎えることが出来なくなった。
と、この手記がでた途端、世界は蜂の巣をつついたように大騒ぎになり、不老長寿の妙薬だ! 奇跡の果実! 誰もが200年生きられる! おまけに最期に、
“私はこの、まったく腐ることを知らない木の実を一つだけ持って帰った“
と、書き記したので世界中の王族やお金持ちから、いくらでも金を出す! 好きな額をいってくれ! 政治家からはどんなポジションでも用意するから一つ頼む! 悪い人たちからはよこさないと命はないぞ! と、脅迫までされる始末。
彼はすっかり人間嫌いになって隠遁生活にはいってしまった。
それから2世紀は立っただろうか。今は車いす生活だ。目は完全に見えない。体もひどく痩せている。しかし、頭はまだ達者である。毎年一冊書き上げてる。死を迎えることのなくなった哲学者の苦悩とは、、。哲学を目指すものに限らず、学問を志すものの必読の書ばかりである。

その、シャーベットパウアー氏が、このプロジェクトに参加しているのである。
博士はとても感謝しているが、一抹の不安もある。最近の噂ではシャーベットパウアー氏は一週間に5つのことしか喋らないらしい。もしそれが本当なら残りは4つだなぁ、、と思った所だ。

シャーベットパウアー氏の指摘を受けて博士は核心に触れ始めた。
「すみません、先生、私の説明が悪いようで、、しかしこのとんでもないことが起きてる事実を何の前触れもなく申し上げることに多少の抵抗があったもので、、」
シャーベットバウアー氏の手が右手の前にあるキーボードーに軽く触れた。こんどはいささか甲高い電子音で答えた。

「ああ、わかってますとも、チャンスウインスキー君、あなたがここまで慎重、かつ、言いよどまれてることに、これはとにかく尋常ならざることが起きようとしているな、と、あれこれ推測していた所です」
「ありがとうございます。ところでラーチェル君、先ほどの続きだが、例えば我々が、ふだん見慣れてるごく普通の動物が突然すごい能力を持った、としたら、、もちろん生物学的にも説明のつかないこととして、、」
「博士、おっしゃりたいことは良くわかります。ただみなさんたちが生物の素晴らしい能力をご覧になると“驚いた”とか、
“こんな事もあんなことも出来ると、、なんて賢いんだろう”とおっしゃいますけど、それはその生物の生態を、ただご存じなかっただけのことで、私たち生物学者から言わせますと、動物のなかには驚く程の能力をもったものがあり、例えば海洋生物で言いますとイルカなどは、、」
「あ、ちょっと、」
「はぁあ?」
「イルカはいい、、」
「イルカは、、いい!? じゃあクジラで、、?」
「クジラもいらない、、」
「じゃ、マグロ?」
「いやいや、寿司屋のカウンターじゃないんだから、、どうして海ばっかりなのかね?」
「わたし、もともと専門が海洋生物学ですから、、」
少し憤然として言い切ったがここは、気を取り直して
「もちろん地上の動物でということなら、、」
「そうそう地上でね、みながよく知ってる、、ほら」
「はい、では皆さんの良く知ってる動物で意外な能力を、というと、、そう言葉を持つ、、」
「そう! それ! 言葉を持つ、、」
「言葉を持つ動物の中、ゾウの500以上もつといわれる会話の研究が、、、」
「いやぁ、ゾウはだめ!」
「ゾウ、、ダメ?」
「じゃあ馬で、」
「馬いらない! いらない!絶対! だって抱けないでしょ!」
「え!? 抱ける動物ですか? じゃぁ、、イヌ?」
「イヌとでれば、、、なに」
「ネコ!?」
「そう、それ、ネコ。そのネコがある時、途方もない進化をしたとしたら、、」
「ネコの進化!? ネコ!? といっても、、、最近はさしたる研究はないようにお思われますが」
「皆さん、そのネコが今夜の主役です。いや、多分今夜どころか、いずれ世界の主役となるでしょう」

そういうと博士は机に戻り、内線のボタンを押した。
ビーーーイーィェ??ェィ?ピィーーーーィーー