第28章 博士と6人の賢者達 その1

「いやぁ、ミス.ソロバン。実に良いことをしてくださった。今ロッコに一番必要なことです。しずことルナ。友達が出来てロッコはとてもよろこぶでしょう。2階の書斎にいってみてください。サッチーナとロッコがいるはずですから」
「では失礼してロッコに会って参ります」
そういうとダリルを帰し、しずこの手を取り2階への階段に向かった。
もうすっかり、目を覚ましたルナは、しずこの肩にあごをのせしっかり抱かれて安心しきっている。肩越しに見つめる情景は、初めて見るものばかりだ好奇心いっぱいのルナは、徐々にいつもの大きなつぶらな瞳を取り戻してきた。やがて、美しい二つのブルーグリーンの瞳に生涯忘れ得ぬ記憶として、刻まれる“出会い”が、待っていようとは、幼いルナには、知る由もなかった。

ソロバン先生たちが、2階にいくのを、笑顔で見送った博士は踵をかえしリヴィングの扉の前に立った。深い呼吸を一つして取手を引いた。

「やぁ、諸君おまたせした、」
雑談をしていた6人の賢者たちが一斉に振り返った。

「ま、皆さん座ってください」
皆が席に着くのを見定めて博士は硬い表情を崩さずこう切り出した。
「単刀直入に申し上げる、、これから3年後、地球は存亡の危機を迎えます」

「え!」「なんと!」「ん!?」「ひゃぁ!」「、、、、!」「ううぇぁ!」
たとえ世界の名だたる賢人たちといえど、いきなり地球の存亡と聞かされてもどう反応してよいものか、、戸惑いを見せた。
「この危機に対応することは今の我々のどの分野の力を持ってしてもむりでしょう。しかし、何がおこるか実は特定できていないのであります」

6人は益々混乱の度を増し訝しげに博士の顔を見るのだった。
委細構わず博士は話を続けた。
「ですが、我々はかろうじてその危機に対応しうる頭脳を得たのであります。偶然か必然か夢を見ているのか、、いや現実として受け止めるべきかと当初は大変な葛藤がありました。その頭脳の持ち主をご紹介するにあたり色々考えました。そこで私は、、」

「ちょっと待ってください!」
たまらずアフリカから来た、メサメ・ウンベベ(Mesame Wunbebe)氏が口火を切った。
「地球存亡の危機とおっしゃり、でも何がおこるか分らない、しかしそれが3年後だと断定された、。そこのところをもう少しご説明願えますか? つまり博士は何故そう思われるに至ったのかとか、、」

ウンベベ氏は人間の根源的な存在理由をアフリカの大地にその創世から今日までを問いつづけた一大叙事詩“渇いた口”を発表、世界的ベストセラー作家となった。その後、自らアフリカ各地を訪れその収益で小さな部族の子供達にも教育が必要とその環境づくりを率先して行っている。アフリカの貧困を“願わざる貧困”と位置づけ、先進国がいかにアフリカから搾取し続けてるかと常に問題提起している。

「、、ヒョッヒョッフアァフアハハハっ、、、、」
博士のいたずらっぽい笑い声がリヴィングに響き渡りました。

あっけにとられるみんなを尻目に博士は笑顔でこういった。
「前置きもなく、突然、唐突に、生死を脅かされる状況に、いきなり立たされたら我々の様なタイプは、どんな答えを持ち合わせているんだろう。と、昨日、皆さんとお目にかかるにあたって、こういう設問を自分に投げかけてみたんだよ。
お互い仕事はそれぞれ違いはあるけれど、ま、世間的にみれば同じタイプの枠の中に入ると思うからねぇ。
そこでこの設問の答だが結果はNOです。何も出来ない。残念ながら、、。我々には、。
テーマを掲げあるいは予測した定理、イメージといってもいいか、、いやいや認識、存在、真理への限りない追求の日々であられるというべきか、、そういう思考する時間を、最も愛すべき人生のパートナーと見いだした皆さんにはそれぞれもたされた、タイムウォッチがある訳ですな。デザインこそ少しずつ違うけれど、共通な事は、既にご自分の時間を持つことを許され、極めて個人的な時を刻む生活をなさっていらっしゃるに違いないと思うからであります。ですから、わたしたちは、もう自分の時間のリズムでしか答えが出せない。いや、そう認められている。
そういう環境は当然だと我々は甘えていたのか、科学者は功績がふえるほど運動神経が落ちていく。というジョークを私はよく学生の諸君にいうのですが、これは科学に没頭すると、それ一筋の研究所通いが始まり、他の世界が見えなくなってしまう。あるいは無関心になってしまう。そういう学者をやや揶揄していっておる訳で、時には、不意に飛んできたボールを胸で受けとめ、トラップしてゴールに向かって蹴り入れることも必要だという事です。
つまり科学は常に新しいテクノロジーを探し求めるのも結構だが、その培った頭脳を、いま世界が抱えている多くの諸問題にもっと向けられないか、専門外だとかジャンルが違うとか言ってる場合ではない。むしろ専門外だからこそユニークなアプローチが出来るかもしれません。
いずれにせよ科学者は身じかな問題から地球規模の問題まで、もっと人類に奉仕せねばならないと思う訳であります。みなさんは、運動神経なぞもともと興味はないでしょうが」

ホ、ホホホ、は、はは、、ふ、ふふ、ほえほほほ

ようやくリヴィングを支配していた、窮屈な空気がほどけて博士のユーモアに笑みを見せる余裕が、彼らの中にもでてきたところで、博士は再び強い調子でこういいました。

「人間社会は常に恐怖と悲惨と共にありました。そしていま世界は最も大きな危機を迎えようとしている。時間がないのです。実は、こんな悠長なことをいってる場合ではないのですが、この危機を想定するに至った理由も、今日ご紹介したい頭脳の持ち主をおいては語れません。そして今まさに、前置きもなく、突然、唐突に、生死を脅かされる状況に、地球が直面しているのであります。
それに対応できるであろう能力もその頭脳が握っているのです。医学、生物学、芸術文化、社会教育学、文学、哲学、政治や法律等をご専門としながらボーダーを超えて研究、発表もされているとてもバランスのとれた皆さん達だ。多様な現代において、答えをもとめるに相応しいまさに智のリーダーたちです。この難局には専門分野だけにがんじがらめになっているタイプではとてもとても、、今日から10日間で、ある一つの答えをもってお国に帰って頂きたいとわたしは願っている。それで冒頭あのような事を申し上げたのです。
みなさんは、それぞれ国内外に大変な名声をもってらっしゃる。歩まれてきた道はすでに偉業として見事に開花された方々だ。言動はとても重く常に注目されておられる。だからこそ、この事態を理解してほしいと願っている。ただし、この危機をお話しする為にも皆さんにご紹介したい類い稀なる頭脳についてもう少し説明させて頂きたいとおもうのですが、、、」

「モーム」
ランドルフ・ショタイナー(Randolf・Shoteiner)氏が声をかけた。欧州一のキレ者。人間の多様性、あるいは多様な選択肢があることを説き個に応じた多彩な人間教育の実践を提唱している。博士とは幼なじみ。体制批判の急先鋒で博士と最もウマが合う。

「今日は、随分回りくどいね。一体何をためらってるんだい?」
「あぁ、、ランディ、今私の心境は早く君達に紹介したいことがあるんだが、この強い欲求と君たちがうけるショックを想像すると、もしかして立ち直れなくなってしまう者がでてきてしまうかも知れない、と思っているんだ。それは困る。6人誰がかけても今は困る。緊急事態なんだ!
だからもう少しこの背景というかその必然性とでもいうかそれを説明させてもらいたい」
「でもモーム、今ここにいるメンバーはひとやまもふた山も越えてきた者達だよ。だからこそ、こんにちがあるわけだし、それぞれその道の第一人者だ。みんな年はとったがタフな精神力を持っている。誰に呼ばれたって集まるものじゃない。きみだから10日も空けてきたんだ、率直に問題点をいってほしい」
「率直に、、!?」
「そう」
「いま?、、すぐ?」
「そう」
「今すぐ、、何を?」
「問題点!」
「問題点、、ねぇ、だいじょうぶかなぁ、、もう少し後に、、と、思ったんだが、、あ、ぁ、ラーチェル君、生物学者としては、もしもだよこんな事態を目の当たりにしたらどう感じられるのかな?
いつも見慣れた動物が、ある日突然変わって目の前に現れたとする。それを好奇心、むろん学術的にだが、、その、どうしてこうなってしまったのか、あるいは何故今こんなに変わって我々の前に現れたのか、、と冷静に対応できるものかねぇ」

指名されたのはラーチェル・コーソン生物学者(Rahchel Couson)だ。
こんにち誰もが口にする環境問題の先駆的役割を果たした。彼女の書いた著作は自然環境をいかに人間が汚しているか、それは同時に生態系に多大な影響を及ぼし人間もその例外ではないとの警告書であった。このメンバーの中ではだいぶ若いが博士は時の問題に積極的に行動する科学者を高く評価している。

「え?、ごめんなさい、、私、今朝、着いて、、地球の裏側から来たもんで、、まだはっきり、その頭が、、だから博士がなにをおっしゃっているのか、、分らなかったというか、、もういちど仰って下さいますか?」
「いやいや、だれもまだ、なにも、わかっておらんよ」

全体的にクラシックな素地に、年代物の家具がそこかしこと置かれ、とても落ちつきのあるリヴィングだ。久し振りに、和やかな暖かい雰囲気が漂い始めたと、長旅で少々疲れ気味のもの達にとって、緊張がほぐれ、ほっとした所だった。
が、この一言で部屋の空気は真っ二つに、鋭い巨大なはさみでシャキッと切り取られたように、あっという間に元の固い空気にもどってしまった。博士と5人はこの声の主に一斉に振りかえり確かめるように目を見張り固唾をのんだ。現代のいや近代の哲人アッター・シャーベットパウアー(Attarh・Scharbettopauer)氏が発言をしたのだった。