第25章 救世主ロッコ

窓の外は、激しく雨が降っている。庭は池のように水が溜まり、飛び上がった水滴は、行き場をさがし、跳ねまわっている。空に溢れんばかりにたまった水が、もう限界とばかり鈍色の厚い雲に被われた巨大な蛇口の栓を、博士の庭の上で一気に開けっぱなしにしたようだ。

「この世界の為なら、懸命に生きてる人びとの為なら、楯にも鉾にもなる覚悟はできている」
窓からじっと庭の様子を見ていた博士が、つぶやいた。
「え!?」
聞き逃したサッチーナが慌ててふりむいた。
それには答えず、博士は続けた。
「これはこの星の命運がかかっている。かつてない試練だ! 智恵者を集めて早急に答えを出さなければならない。一時の猶予もならないことは確かだ。まず何からすべきか? そう、賢明なるわが同士サッチーナならきっと良い智恵を出してくれるだろう」
と、博士は微笑んだ。

これは今のサッチーナに、とても元気を与える言葉だった。萎えかけた性根が再び引き締まっていくのを感じた。そしてサッチーナの創造のエネルギーに灯がついた。
「まず、ロッコね、、、私、あなたがロッコのバランスのことをしきりにいうので、考えてみたんだけどこれは一方的に教えて得るバランスではないわね。自分がその環境の中で自然に身につけなければバランスと言えないと思う。あなたもそこで時間がないと、ロッコ次第だというのね、、、。
で、そのロッコの取り巻く環境を一気に変えて、しかも他に足りないことを補うには学校、、学校! そう学校に行くのよ、まずは、、! それも小学校からがいいわ、ね! 解るでしょ。1年から行く必要は無いと思うの、そう4年生位、、。
ロッコは今たいへん高度な勉強している、毎日。何かに急き立てられるかのように必死で、、この間も“サッチーナ教授は数理学でローザンヌ学派についてどういうご見解をお持ちですか”って、突然聞かれて本当にびっくりしたわ。
ロッコはとても賢い。でもあまりに急な変化を身をもってうけているので、たまにいじらしく思えてしまう。
自分の運命を悟り、それがみんなを救うことになるんだって、ものすごい情熱だわ、、でも実際はまだ2歳になったばかり、人間でいえば少年期ぐらいのはずよ、同じ年頃の友達もいないし、ほとんど外にも出ないで、勉強ばかり。正直心配なの。あなたの話を聞いていて、やはりバランスがとても大事だと、」

博士はおおきくうなずいた。
「ロッコを人類が信じられた時、地球は再び生きていく望みを与えられたことになる。ネコだからとロッコの言葉を最後まで信じられなかったら、、人類の歴史は、そこで終わりを告げることになる」
「そしてわたしたちに代わる新しい生命体を作るのね、、」
「おそらく。永い地球の歴史になんどかあったことだから。けれど私たち科学者は傍観者であってはいけない。
先ほどのロッコの小学校に行く話、さすがだね大賛成だよ。ロッコは算数ができないんだ。もちろんあれだけの頭脳だ、環境さへ与えれば何の問題もないんだけど、、」
「ほかの学問もそう、何もかも基礎的なことを飛び越えていきなり本題に挑戦してモノにしてしまうから、、、でもバランス的にはとてもワルイ!?」
「そう!やはりXデーの1年前までにはロッコもバランスの取れた存在になっていなければ、、、それがまず私たちが最初にやるべきことだ」

博士の強い意志に、サッチーナからはもう不安という言葉は消えていっていた。そしてどんなことが起ころうと、どんな結果に終わろうと、夫と共に作り上げたきた人生に、悔いがないことを実感するのだった。
雨はさらに激しく降り続け、 窓枠に叩き付けられた水滴は二重三重に張り付き、庭の木々さえ見えない。

「視界ゼロかぁ、、」
博士が呟いた。