第21章 最後通牒

大統領官邸から戻って、かれこれ2時間、リヴィング西の小窓にむかって、ギイギイと軋んでいたロッキングチェアの音がやんだ。揺れに任せて目を閉じていた博士が口を開いた。
「そうだ、そうに違いない」
低く確信に満ちた声だ。

「え? なあに、どうしたの?」
「人類は試されているんだ」と、言った。
「え!? どういうこと」
「危機の中身だ、今、この時点で解らないということは人類はX日の寸前までわからないってことだよ」
淡々とした博士の口調がサッチーナには何か、得体の知れない不安を呼び起こさせた。

「我々の科学力をはるかに超えていることが、起きているという事だ」
「ロッコは!?」
「そう、解決できるのはロッコしかいないことは、はじめから明白だったんだ」
「初めからって!?」
「我々は、辛うじて“選択”“確認”のクリックはここまでは正しくきたようだ。、、でも人類の頂点に立つことを誰が許すだろうか」
「頂点?」
「ロッコを頂点に掲げてやっていかなければこの危機に対峙することはとても無理だ。それでも今のままのロッコではだめなんだ」
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、」
「問題は世界中の人々に、この危機を冷静に知らせなければならない。人類の現在の力ではまったく対応できないということ。この未曾有の危機に、地球が頼れるのはロッコの頭脳だけだ、ということだ。つまり、ロッコは人類の救世主となるわけだ。こんなこと、今の地球がひとつになって、たった一匹のネコに存亡を託すなんて、とても無理な話だろう」
「あなたの考えは解ったわ。でも、私も力の限りロッコの成長を助けたい。きっと、みんな解ってくれると思う。人間の上にネコが立つということじゃなくて、人間の上にいちばん優れた者が立つ。それがたまたまロッコだということでしょ。!?」

「サッチーナ、、」博士は何か気遣うように肩に手をおき言った。
「これは人類に、いや地球に突きつけられたのは最後通牒かもしれない。今までの話は理想どおりにいった場合の話だ。現実は極めて厳しい」
「え!?」
「たとえ、すべてがうまくいっても、、この危機は想像外にある様な気がする。人間は互いに争うことには,随分と研究をしてきたけれど、地球単位で物事を考えたりした経験がほとんどない。その弱点が、今回図らずも露呈して、大混乱に陥る可能性もあるかもしれない。そうなったら大変だ。そうなったら、、、。ロッコが10匹いても無理だろう」
「ということは私たちが何をこれからしても、無駄ということ?」
「かなりの難敵だ。私たちは最善を尽くすということだ」
「あなたは、解っているのね!? ねえ、そうでしょ!? どう読んでるの?」
「解らない。でも最悪のシナリオを想定するのは私の癖だが、、、」
「防げない、、ということ? つまり地球は、、!?」
「そういうケースも考えておかなければならない」
「え!!、、」
サッチーナの顔から見る見る血の気が引いていく。

「なすすべもない、、。私、、私たち科学者は何の役にもたたないって事!?、、滅亡!?、、」
「うむ。、、そういうこともありうる」
博士は口を固く結んだままうなずいた。まるでスローモーション画面のように、ゆっくりとサッチーナは博士の胸に顔をうずめた。涙があふれてとまらない。科学者としていったい何をやってきたのだろうか。こんな時、こんな時のためにこそ科学をやっていたのではなかったのだろうか。自分自身への怒り、情けなさに涙も止まらない。
博士も同じ気持ちだった。脳科学者ではあるが国際問題に広く精通し多くの学者、政治家とも議論しアドバイスもしてきた。それがこんな事態になるまで何も出来なかったとはリーダーシップのなさを嘆くのだった。

2人とも過去の名誉、名声など一握りの砂塵のごとく風に舞ってさらさらと、跡形もなく消えていくのを黙って見過ごすだけだった。