第20章 ときめき

初めて博士の論文を読んで胸をときめかせ、博士が科学者として最高の栄誉に輝いた時の記念講義に畑違いのサッチーナが駆けつけたあの日のこと。

その講義のタイトルが“脳には全ての魂が宿る”にもかかわらず博士はそのほとんどの時間をJ・ジョイス(James Joyce)の話に終始し、極貧、深酒、目の病、精神を病む娘などを背景に差別、宗教、民族、植民地支配などをひとつひとつ丁寧にジョイス文学のキーワードとして解説し、性の解放、愛、を語り、世界は必ずしも昨日と同じではない、と“フィネガンズ・ウェイク”の夢の世界で締めくくり「脳は人生の全てを知り、人生の全ては脳と共にある」と、言い放ってさっさと帰ってしまった。
脳科学を学ぶ学生たち、教授、研究者で満員だったホールは水をうったように静まり返ってしまった。ほとんどのものが文学の話なんかどうでもよかったのだ。

硬い空気に包まれた場内にパ・チ、パ・チ、パ・チ、パ・チと、最初はぎこちなかったがあふれ出る感情にまかせてパチパチパチパチ~、、、、、、と、たった一人の拍手が鳴り響いた。
冷たい視線を浴びながらも、眼を真っ赤にして手をたたき続けたサッチーナ・エリオット20歳、春。
宇宙に夢見る天文学科生が抱いた、淡き恋のはじまりだった。

あれほどロッコに戸惑いを見せていた博士がロッコを受け入れた瞬間、事の重大さを瞬時に認識し、その、はるか先にある壮大なビジョンにまで思いを馳せている。今、人類の為に自分は何をすべきか、という答えを必死にみいだそうとしている。サッチーナは人々のこと、世界のことを、常に考えている博士の私欲のない真っ直ぐな心根を、いつも尊敬の念で見ているのでした。
脳科学にとどまらず、他ジャンルの知識にも高い教養を持ち、豊かな人格でどんな国の人々をも公平に見て、大国の力任せの行動には、痛烈に批判を浴びせてきた、気骨ある言動は、初めて博士を知った時からいままで、すこしも変わることがない。

憧れていた昔の自分思い出したのでした。