第19章 地球の危機 前編

閉め切ったカーテンの隙間から、少しずつ、せかすように季節の先触れが今や遅しと待っていた。
サッチーナが勢い良くカーテンを開けた。たっぷりとした日差しが我れ先にと、リビングに飛び込んできた。

「まあぁ!」
「おぅ、、随分日が昇ってたねぇ」
久しぶりの徹夜のからだに新鮮な日差しを浴びて、二人とも気持ちがいい。

しかしほんの1時間前に、二人で出した結論の重さは、いくら爽やかな朝を迎えても,消えるものではなかった。科学者として、ゆるぎない地位を得てる二人にとっても、それ以上言葉を重ねる気持ちになれず、無言のまま朝を迎えたところだった。

サッチーナがコーヒーを持ってきた。博士の好きな、ディープ・ロウストのフレンチスタイルのコーヒーだ。これを、少し顔をしかめながら飲むのが、博士の毎朝の儀式だ。

「3年というのはあまりにも短い」
ポツリと博士は言った。
「やっぱり3年にこだわるのね」
「うむ、これは間違いない。ロッコはしきりに3年といっている。意味のない数字を、あれほど強くインプットされたとは思えない」
「ということは3年以内のいつか、ということではなく、、」
「そう3年目だな、危機は、、」
「3年、、、、この地上の生き物からたった一匹のネコが選ばれた、、、それも、私たちの作り上げてきた科学では、考えられないほどの能力を持って、、、」
「、、、考えられないほどの能力、、確かにそうだ。が、この言い方すら、人間の傲慢さを表しているのかもしれない。むしろ科学を超えた所からやってきたのがロッコなんだ。そしてロッコはある啓示を受けている。“地球を見守る”という。しかも猶予は3年という」
「“見守る”とはどういうことなんでしょう?」
「とても観念的だが、、、たぶん、、」と、博士は言いよどんで、
「これだけは、はっきり言える!よくぞ私たちを選択してくれた。と、他の科学者によっては、“稀にみる珍獣”と、世界中に喧伝し、ありとあらゆる研究の対象にし、ロッコはズタズタの3年を過ごすことになっただろう。これは老いぼれて、功名心も枯れてしまった私と、学問より、人間愛を優先してきた君とのコンビが、きっと評価されたんだろう」と、博士はサッチーナの肩をやさしくひきよせた。

「でもたった3年後のことでしょう、今考えられる地球規模の危機は、10年後まで計算で出てるし、5年後の環太平洋地震地帯の深発地震が今のところ一番大きな自然災害とわかっているけれど、それもすでに、一昨年のあらゆる学術的名声を独占したプラハイゲル。つまり溶解された特殊プラスティックとハイドロゲルの混合物を、弾性応力によって、ひずみ始めた地殻の割れ目に、注入をするという画期的な地震対策を始めて、もうそろそろ2年は経つはずよ、、確かに、発表以来初めての実験的使用ではあるけれど、データも完璧に計算どおり進んでいるし、私はこれで人類は地震、津波の大きな被害からかなり解放されたとおもっています。まさか新たに巨大なプレートが見つかるなんて、、つまり、それほどのものを、見過ごしているなんて考えられない。ここ5年間の、太平洋でのプレート探査海洋ロボットXXR?3の測量誤差はわずか15センチ、、」
「わかってるよ、サッチーナ!きみが宇宙と同じくらい地殻変動に興味を以ってここ数年発表している論文についてはよく承知している。私のまわりも皆、称賛の嵐だよ、、何より上をやって、」と、天井を見上げ
「下にも」と、床を指差し
「優れた論文を発表した学者なんかいたかなぁ、まったくきみはユニークだね」
サッチーナは今でも、モーム博士から褒められるのが一番嬉しいのです。

「その君をもってしても、分らないほどのことが起きるということだ。ところできみの専門の“上”はだいじょうぶだろうね?」
「ええ、先月、例の巨大彗星を、ULスーパーコンピューターで解析して見たところ、、まぁ、いつもの3ヶ月に一度の“定期検診”だけど、やはり、2520年2月6日でした」
「それだけ? 他に怪しい動きは?」
「ないわ、。巨大彗星については500年後の人類に任せましょう」
「う~んむ」
「可能性として、、人間自身がとんでもない行動に出るということも、、」
「それは真っ先に考えたよ、安全保障委員会の委員長だからね、わたしは。人間が起こす最悪のケース、核爆弾を何らかの形で使ってしまうことだな。今、核保有国は10カ国、幸いにしてこれらの国の現政権とは皆、私は会っている。1年から2年の新しい体制がほとんどで、私の印象が正しければ、その、最後のボタンを押すような狂気じみた指導者はいなかったよ。人間は愚かではあるけれど最悪ではない。とりあえず“その後”80年近くは何とか使わずにきているからね」
「その後?」

「ふ~うッ、、、」博士は短く息をはくと、
「ヒロシマ、ナガサキ」と、言い切った。
サッチーナも深くうなずいた。

どっかりとサッチーナの横に深く座った博士。
お気に入りのダークブラウンの皮のソファは博士より長く激動の時代をくぐりぬけてきた。その貫禄ゆえか、いつの時でもリヴィングの真ん中におかれていた。ところどころ色褪せて褪色してきているが、150年以上、人間と共に歴史の風雪をうけとめてきたその存在感は、揺るぎのないものとして他を圧倒している。

2人はともに天井を見上げたまま、様々な思いにふけっていた。