第14章 訪問者

コンコン、コンコン と可愛らしい音が、玄関のほうから聞こえてきました。もちろん人が訪ねてきたとは、思いもよらない小さな音でしたし、風も出て来て、窓ガラスも小刻みに震えているほどでしたから、サッチーナもわたしもまったく気づかず、そのうち鳥が玄関でも突っついているんだろう、、ぐらいに思っていました。

コンコン、コンコン、、
ヒュウ~
風がふいてきました。
コンコン、コンコン、、、、
ロッコはドアの上にある呼び鈴に手が届かないため、かなり下のほうをノックしていました。でもちゃんと映画で憶えたとおり左手を腰に回し、右手をグウにしてノックをしていました。ずいぶん長いこと玄関の前にいます。チラッと後ろに目をやりました。道路のむかい側にお父さんの車が見えます。心配そうにこちらを見ているのがロッコにも感じられました。
だ・い・じょう・ぶ。と口を大きく開けて声を出さずに伝えました。お父さんもおおきく2回うなづくのがみえました。
ヒュ~ウル~ル~~
ロッコが初めて家族に自分の変わった姿を見せて、運命について話したあの夜、ロッコはお父さんと深夜まで3時間ほど話し合いました。いつもは、どんなときでも冷静なお父さんが、あの時は、とても興奮していて、気がついたら4時近くまで、話し込んでいました。
お父さんにたくさん質問したロッコ。でもこの夜に限っては、お父さんからもたくさんの事を聞かれました。それは終始ロッコのことを心配したことばかりで、ロッコはお父さんが熱く話してる最中も、本当に、この家族のもとで育って良かったと、しみじみ感じていました。あの日から3ヶ月、自分でもどう理解していいのか分からないほどロッコはすごいスピードで日々成長していきました。

ロッコとお父さんはそのころ同じことを考え始めていました。ロッコは自分の成長の過程を誰もが納得する人に一緒に見ていてもらいたい。特に自分の急激な変化について分かりやすく世界中の人に説明してくれるひと。きっと著名な科学者の中から見つけださなければ、研究材料でもなんでもいい、とにかくこの事実を一緒に語ってくれる人を。ボクの『夢』のために一緒に歩んでくれる人を、無我夢中で、学術研究書類を読みふけって、さがしていました。そして、ある人物を思い描いていました。
お父さんは本当にロッコのことを心配し、間違っても、世間の好奇な目にロッコを晒すようなことがあってはならない。でもいずれ世間の知ることになるだろうし、その時はもう、自分たちの手の届かないところに行ってしまっているロッコを、しっかり支えてくれる人の必要性を、感じ始めていました。そして、ある人物を思い描いていました。

ヒュウ~~ヒュウ~
風はだんだん強くなってきました。

モーム・チャンスウインスキー博士。ロッコもお父さんも同じ人を思い描いてたのです。

ヒュウ~~ヒュウ~ルリ~
風はいっこうに止む気配がありません。

直接、博士の家を一人で訪ねたい。と、ロッコが言い出したとき、お父さんは、しばらく考えていましたが
「それが一番いいかもしれない。ただし、博士の家の前までは、お父さんが車で連れて行くからね。まだ、ロッコはひとりで外をあるいてはいけないよ」

ヒュ~ウッ~ヒュ~ッヒュルヒュルヒュル~ト、、、、
ほんの一瞬、空から大きなストロウで、風を吸いきったかのように風音が消えました。

コンコン、コンコン
博士とサッチーナが顔を見合わせました。
「誰か、きたみたいだねぇ」
「子供かしら、いまみてきますわ、、」
博士は雑誌に目を遣りながら、夫人が玄関を開けて誰かと話してる様子を感じていました。そのうちまったく音の気配がなくなったので、心配になり夫人に声をかけました。
「サッチーナ、どなただい」
返事がありません。
「サッチーナ」
博士は、夫人の名を呼びながらゆっくり立ち上がり玄関に続くドアの前に立ちました。そのとき博士はリスのような小動物と向かい合ったまま、立ちすくんでいる夫人をみて、まるで静止画像を見ているような錯覚を覚えました。

「サッチーナ!」
「あぁっ!あ~ぁ、あなた、あの、、あな、、た!、落ち着いてくださいよ、お、おど、驚かないでね、
あな、た、し、しん心臓があまりお強くないから、、
これはきっと、きっと、、そうだわ! 世の中には、まだあなたでも知らないことがある、ということ、こと? え!? なにいってるのかしら、わたし!」
「何を言ってるのかね、。さっきから、どうしたんだい急に。慌てているのはサッチーナ、君のほうじゃないか、。心臓がどうしたって? 先週ジョンソン医師のところで診てもらったじゃないか。まだ10年は止まらないって、ハッハッハ。それに私はそう簡単には何が起きても驚かないさ、私が常に冷静なのは君が一番良く知ってるじゃないか!? それで誰だったんだいさっきのノックは?」

夫人は黙ってロッコをみやりました。博士もロッコに目を移し、
「おやぁ、てっきり、リスかと思ったが、、ちがうなぁ。かわいいねぇ、これはなんだい? サッチーナ」
「ネコですって」
「ネコ!?、ネコ、?こんなにまあるい頭のネコがいるのかい? でもよく立っていられるなぁ」
「ネコのロッコですって」
「ロッコ?誰が、、?」
「こちら」
「そうじゃなくて、誰がそう言ったの?」
「こちら」
「いや、私が聞いているのは飼い主のことだよ。飼い主が今来たんだろ。その尋ねてこられた飼い主のかたは、どこにいったの? 君の友人かい?」
「いいえ、どなたもいらしてません」
「どなたもって? ノックしたのは誰だったの?」
「こちら」
「こちら?、、このネコ? このネコがノックしたって言いたいのかね」
「そう、、しかも、あなたに会いにきたそうよ」
「ふはっははは、サッチーナどうしたって言うんだい、またわたしをからかっているのかい?」
「あの、主人のモームです。モーム・チャンスウインスキーです」
「え!?、なあに、? 誰にいってるの、、」

しばらく二人のやり取りを聞いていたロッコは、夫人が博士の名前を自分に向かって言った瞬間を逃さなかった。
これが『紹介』というマナーの基本形でここで今度はロッコの番であることも、何度もお父さんと練習をしてきたので判っていました。だからじっとこの言葉を待っていたのです。

はじめまして。
ぼっ、あ、わたしは、ロッコと申します。ネコのロッコです。
といってペコリと頭を下げました。あんなに練習してきたのに、実際、博士の前にでるとあがってしまいました。
「んあぁ?、、な、なんだって、!!」
そう、叫んだ博士は、ロッコを見つめたまま庭の石像のように動かなくなってしまいました。

ビヒュヒュ~~~~ウウウウ~~
風がまたいちだんと強くなってきました。
ゆうに、100年はたつだろうチューダー様式の堅牢な博士の家もさすがに寄る年波には勝てず、強風にあおられて窓ガラスがミシ、ビシ、と悲鳴を上げはじめていました。開け放たれた、玄関に立ちすくむロッコと博士とサッチーナにも容赦の無い風の勢いが絡みはじめてきました。

急に体が冷えてきて、われに返ったサッチーナは、目の前のこの不思議な光景に対して、もう既に冷静な分析を始めていました。そして夫と自分とロッコとの出会いがなにか、とてつもなく大きなことをなすだろうと、瞬時に悟ったのでした。それが何かは今はわからないけれど、人類にとって地球にとって、とても大事なことになるという予感さへしていました。
サッチーナ得意の“閃き”で、これまでも学会を驚かせてきた数々の研究発表も、最初はこのひらめき“創造的カン”がスタートでした。