第13章 ロッコの疑問

「ロッコは人間社会のことをとても良く勉強しています。そして次々と私たちに疑問をぶつけてきました。
人間は長い歴史の中でいつの時代も変わらず同じ“仲間”のなかに何とか小さくとも差異を見つけ出し、嫌い、憎しみ、排斥してきた。
そしてたくさんの人間が折り重なって作られたピラミッドのうえにたった一人の人が君臨してあれこれ指図している。その構造は今、現在を見ても、大きな国の一番エライ人の発言にたくさんの若い人が隷属していく様子を見ると、ちっとも変ってないと思う。どうしてですか?
人間は、相手が自分とまったく同じじゃないと、一緒に暮らせないのですか。たった一人の命令に、なぜあんなに素直にみんな従うのでしょうか。封建制だったから? 身分制度だったから? 当時は、、、。でも今は民主主義でしょう?
その時の王様や皇帝、将軍などの権力者のことを学校の教科書で見ると、その人がなしたその国にとっての功績ばかり強調していて、その人の命令によって、どれほどの人が犠牲になったか全然書いてない。
ロッコは歴史上著名な権力者の名を次々に上げ、その命令によって犠牲になった人の数を何千人、何万人とそのつどつけくわえた。どうしてこんな大犯罪者なのに、その事実に触れないんだろう。もう昔のことだから? 時代も変わったから? 王様だから? 人間は人の命を軽視しすぎてませんか?
いつの時代であろうとも、どんな立場の権力者であろうが、その権力欲のためにどうして同じ人間が犠牲にならなければいけないの? 二人の間にどんな差があるの? 現在においても許されるべきものではないでしょ。
そのことに、きちんと触れた上で歴史を振り返るべきだとも。ましてや、英雄にしてはいけない。戦争をしに他国に出かけていって、一日に何十人、五日で何百人と殺戮を行っている国で、TVの国内ニュースでは、4人の連続殺人事件の犯人を、“恐怖の殺人鬼”と呼んでいたキャスターに、なんの違和感も疑問も感じなくなってしまったTVの前の人達。
ロッコは毅然とした表情で、こんなことも言いました。
この地球で人間以外の生けるものは、全て毎日生きるための食物を自然のなかに求めている。たしかに、そのためのテリトリーがあり、そこを守るのも大事な仕事です。その際侵入する敵、獲物には敢然と戦いを挑む。でもそれだけ、それ以上は、何もしない。憎しみあってるわけじゃないから。
ライオンやトラが集団で大量殺戮したなんて、聞いたことがないでしょ。ネコもイヌも元々とても激しい性格を持っていたんです。でも人間がこの星の代表的生命体と決まったとき、ボクたちは躊躇無く共に生きることをきめたんです。人間の創る社会のほうが、きっといいに決まってると信じ、それに従おうと決めたんです。
ネコもイヌも原種は、とてもやんちゃで暴れると怖いけれど長い時間かけて、利発で従順な人間社会に適応した種になっていったんです。もちろん原種は残したけれど、。
だからネコも、イヌも、人間とみんなうまくやってるでしょう? 何故人間は、自慢の進化した脳をつかって、うまくやれないの?
あんなに激しく殺し合いを何度も繰り返したり、どうしてあんなに残酷になれるの?
ボクはたくさん本を読みました。でもどの本も、そういうことは悪いことで悲しいことだと、書いてあります。歴史の本も、こんな悲惨なことは二度と繰り返してはいけないと、ありました。博士、これでも人間は進歩しているんですか? と、私に迫りました。
辞書で「進歩」を調べてみました。と言い、“物事が次第によい方向、望ましい方向に進むこと”と、ありました。いまこの地球が抱えてるほとんどの問題は人間のエゴイズムが生み出したものです。でも、それを解決できるのも人間しかいないんです、。と、、ロッコは言ったのです」
ははふぅう~む、とまた得意の一息ため息をつくスタイルを披露した博士。

博士はなんとかロッコが登場するまでに、この世界の好奇の目が生み出す空気を、少しでも変えたいとの覚悟をもって、この場に挑んでいたのでした。スタジオの隅で博士の演説を聞きながら、長い時間、独りで待たされて、さすがに少し不安になったロッコは、左手の人差し指を右手でしっかり握りはじめてました。
本番直前に、きいちゃんから
「ロッコ、緊張しちゃダメよ、ネ、しっかりね。みんな見てるから、ネ、ここが、勝負だから、世界中の人がみてるんだって! ありとあらゆる人だって! 世界中の人って言うと何人ぐらいかしら? 何億人? あ、いや、何百億人かしら? でも大丈夫、そんな数字なんかどうでもいいの! 気にしちゃダメよ。あたしと普段しゃべってるつもりでね、ね、だから、あがらないで、、。あっ、いいこと教えてあげる」
と、いって教わったのがこの方法です。
きいちゃん、ありがとう。
ロッコはしっかり、きいちゃんの手を握りしめた。でも、本番前までとても落ち着いていて、当事者と思えないほどリラックスしていましたが、博士の演説が始まるにつれ、きいちゃんの言葉が思い出され心臓がドキドキしてきました。
あぁ、まずい。
懸命に、短い左手人差し指を短い右手の指でなんとか、にぎってみました。でもドキドキはかわりません。ほんとうは薬指ですから。きいちゃんは間違って覚えていたようです。

博士は、世界中がイライラし始めたことも、おそらく、局にじゃんじゃん電話が殺到し、“博士の話なんかどうでもいい! 早くロッコを見せろ!”との抗議が、殺到していることも全て承知していました。博士は、まだまだロッコに対する、猜疑の目やサーカスの調教されたネコを待つような、見世物的興味などあってはならないと思っていました。
ロッコは確かにネコではあるけれど、もう既に人智の及ばぬほどの能力を発揮していることを、博士は知らしめたかったのです。
「ロッコのIQは、、現在のところ400です。現在のところと申し上げたのは日々どんどん上昇しているからです。先月は340でした。そもそも、この驚嘆すべき事実と向き合ったとき、わたくしは心臓が止まるほどの衝撃を受けたのです。もっとも、家内のサッチーナに言わせると、しばらく止まっていたそうですが、、」と、夫人のほうに目をやりました。
それをカメラが追いかけて、スタジオの奥で笑顔でモニターを見ているサッチーナ夫人を捉えました。画面いっぱいに映し出されたサッチーナ夫人、サッチーナ・チャンスウインスキー教授として大変著名な宇宙工学分野の第一人者です。
28歳のとき、世界的な賞を総なめにしたことで知られた天才科学者です。平和運動の熱心な活動家としても著名で、いつも世界中を飛び回っています。キュリー夫人の頭脳と、ナイチンゲールのハートを持った女性と賛美され、10年前、ふたまわり以上歳の違うチャンスウインスキー博士と電撃結婚。芸能人並みに、世界のマスコミを騒がせて以来のトゥーショットです。画面は次々と当時の、マスコミにもみくちゃにされながらも色々な問題を、ひとつひとつクリアして、愛を貫き、結婚まで至った経緯がフラッシュバックされました。

「やれやれ、、こういうものが用意されているとは、、、そう、ロッコはこんな言い方もしました。
ロッコを導いたその人は、地球ほど、その代表する生命体が互いの命を簡単に奪い合ってる星は、宇宙には、ほかにないそうです。これがどんな愚かなことか、気づかない地球には、本当の愛がどんどん失われていってる。その度に地球を覆った“愛”の壁から小さな欠片がはがれ落ちていくんです。もう地球はぼろぼろなんです、と。
これは極めてロッコらしい表現ですが、地球は本当の愛を語るに相応しくない星になってしまった。ということでしょう。
ロッコは地球の生けるものすべてのために、何とかしなければいけない。人間が起こしたことだから放とっけば、と、ネコの出るまくじゃない、といわれてもそれを解決できるのも人間しかいない。
人間に気づいてもらう為なら、僕は何でもする覚悟です。と、こう言い切りました。皆さんロッコの話に耳を傾ける用意はできましたか」

博士はなにかスタジオの空気のあきらかな変化を感じ、ようやくここまできたかと、内心ほっとしました。手を額から頭に髪をかきあげるかのように後頭部まで一気に持っていき、そのまま2度程ピチャピチャと後頭部をたたいて終るいつもの癖が出ました。
これは思いどうりに事が運んだ時、或は、まったく、にっちもさっちもいかなくなった時、博士は無意識にやってしまいます。もっともいまはかきあげる程のものは何も無く、40代中頃までかろうじてあった少し長めのヘアスタイルのときに必要に迫られてできた癖でした。
不意に天井に目をやりました。たくさんの照明器具が不揃いに吊るされて、それぞれから放たれた熱い思いが、ちょうど博士の頭上で光の塊になって、ぼんやりと所在無げに浮かんでいました。
「ふむ、ふむ、」と、納得した様にうなずくと、穏やかに話し始めました。
「あれはちょうど一年と少し前、日曜日の午後サッチーナとわたしは学会から前日帰ったばかりで、ゆっくりと居間でコーヒーを飲んでいたところでした」と、切り出しました。