第10章 学び、悩む

ロッコは全速力で走り出しました。もう友達と遊んではいられません。あんなに仲良しだったキジとらやクマとらとも、もう遊びません。すずめもねずみも捕まえません。ニャンとも言いません。
ロッコはいま、無我夢中です。本好きなお父さんの書庫から毎日、10冊ずつゆっくりとかみしめるように、むずかしそうな本を読んでいます。

朝起きてお父さんとお母さんを見ると、
「おはようございます」
と、きちんとあいさつをし、ペコリと頭を下げます。とっても礼儀正しいです。トイレに入っても、ちゃんとレバーを押して水を流して手を洗って出てきます。食事はお母さんが作る温かい手料理を、みんなといっしょにたべます。ときどき、お皿をちょくせつなめてお母さんにしかられます。どうもナイフとフォークを使うのは、まだロッコは苦手のようです。

食後はみんなで映画をみます。ロッコの大好きな時間です。昔の良い映画や新しい話題になった映画をたくさんみてきました。むずかしい場面や重要な場面になると、いつもお父さんがロッコにもわかりやすく解説してくれます。だからロッコは映画が大好きです。
映画で、ロッコはたくさんのことを学びました。この地球という星にはいろいろな国々があって、いろいろな人達がいて、それぞれが違う言葉をしゃべっている。感じることも、思うことも、考えることも、少しずつ、違っていて本当に大事にしていること、心のそこから大切にしていることを、ひとり独りがいいだしたら、人の数だけ違うかもしれない。
そうだ! あの人も「人間はみんな違う」って、、そのことに畏れてはいけないって言っていた。

ふぅ~う。
ロッコは思わずため息が出てしまいました。
人間て複雑だなぁ、
こんなに違っていてみんなよく、仲良くできるなぁ。
と、つぶやいたロッコにすかさずお父さんが、
「だから、みんな、しょっちゅうケンカしてるだろう、あっちこっちで。もっともケンカで終わればいいけど、、みな本格的な戦争になってしまってるけど、」
お父さんは最後は苦々しく言い放った。ロッコはお父さんの顔が一瞬虚しさにつつまれたのを見逃さなかった。
そうかぁ、、。あんなに何でも知ってるお父さんなのに、どうにもならないことがあるんだ。
これから、人間社会とかかわらざるをえないロッコにとって、単純なネコ社会しか知らない自分が、やっていけるかどうか一瞬不安がよぎりました。

ロッコは走り出しました。もう後ろは振り向かない。
今日も、ロッコは朝から本を読んでます。もうたくさん読みました。お父さんにもたくさん質問してきました。人間の社会のことが少しずつ解ってきました。とても複雑に見えた人間たちの生活の中で、ロッコがどうしても、理解しにくいことばがあります。「国」ということばです。
「国」ってなんだろう。
人は生まれるとその「国」の人となる。そして多くの人は、その「国」の人としておわる。
そんなに「国」っていいのかなぁ、、。一人、一人で生きてはいけないのかなぁ、。

ロッコは人が当然のようにその国の人として生まれ、その国の人として死んでいくことに、まだ納得がいかないようです。ロッコは分厚い歴史書をかかえて、さっきから夢中になっています。古い時代から現代まで繰り返し読んでも人が「国」からうけた幸せだったこと、うれしかったことより、つらかったこと、悲しかったことのほうが圧倒的に多いように思われてなりません。だって個人ならたとえ諍いになっても、ケンカですむけど「国」だと戦争になってしまう。人がたくさん死んでしまう。ネコも犬も。

ロッコは考えてしまいました。
どうして国が必要なんだろう。
ロッコはふと、とら吉親分のことを思い出していました。ロッコの住んでる地域を仕切っているネコの親分です。キジとら、ブチとら、クマとらという忠義な子分がいます。ネコの社会では大変めずらしくどこかのネコがどこかのネコに身を預けるように何年もついていく、なんていうことは普通はありません。ネコに春が訪れるとメスがぞろぞろとオスを連れて歩いているが、これもメスがオスを指名した瞬間、流れ解散です。

この界隈は、かつて大型犬が多く、小さいイヌやネコをみつけるとすごい勢いで向かってきて、たちまち蹴散らしていました。まごまごしていると、思いっきり噛みつかれて大変です。子分のキジとらの尻尾が90度におれまがっているのも、ドーベルマンという大型犬の攻撃をかわしきれず、やられてしまったあとです。
ここで生まれ育った悪がき野良のキジ、ブチ、クマもどうしようもなく、大型犬の天下に甘んじていました。そんな時、どこで生まれ育ったたか出生不明のとら吉が、ぶらりとやってきました。
とら吉を初めてみた人はその容貌をみて、え? 犬!? と、見間違えるほど、ブルドッグにそっくりなネコです。
とら吉はその顔を生かし、果敢にも大型犬につぎつぎといどみ、恐ろしいほどの形相で叫び、びっくりして相手がひるんだ瞬間、ジャンプ、右フック。この必殺パターンで連戦連勝。ついに犬達からシマを取り戻しました。キジ、ブチ、クマは早速とら吉のもとに集まり、とら吉一家を表明し、それぞれ、キジとら、ブチとら、クマとら、と名乗り、はねっかえりの、のら犬やのらネコからの先制攻撃を防いでいる。代わりに親分のとら吉に、毎日の確保したえさの一部を差し出していた。

これで日々の安心、安全を確保してるということかぁ、、。
国の安全保障とかわらないじゃん、、。
徒党を組む、組織を作る、どんどん大きくする、やがて「国」という体裁ができてくる。当然ここまでくるには、たくさん諍いをしてきた。そのつど、多くの悲しみを人々は背負ったはずなのに、歴史の本を読むと、その後も同じことを何回も何回もくりかえしてる。
「国」という名のもとに戦い「国」という名のもとで死んでいく。

どうも人は「個」のもつ力を権利を、使い切ってない。
もっと「個」の「自由」を主張してもいいのに、、。
あんなに永い間そのことのために戦ってきたのに。
ネコ社会ではかんがえられないことだ。確かにネコ社会は自己主張だらけだ。したい放題、身勝手、快楽主義、本能優先主義、協調して、なにかをするなんてことは、ネコは考えたこともない。
ネコなで声、ネコっかぶり、ネコに小判、ネコの手も借りたい。と、ろくな言われ方をされて来なかった。けれど、ネコがけんかしても百匹も、千匹も、一万匹も、死んだなんてことは聞いたことがない、、。同じ星に生まれた言わば“仲間”みたいな人間同士が、どうしてあそこまで憎しみあえるんだろう。本当に相手の国も人も嫌いになってしまうんだ。
わかんないなぁ、、、どうしてだろう?

「ああ! ロッコまた難しいこと考えているの!?」
腕組して虚空をみあげ、ため息をついているロッコを見て、きいちゃんが心配そうに声をかけました。
日ごとにどんどん成長していくロッコに、きいちゃんは内心複雑な心境です。以前のように、ボール遊びや追いかけっこは、もうロッコは興味を示さなくなっていました。それどころか最近はきいちゃんも知らない難しい言葉をロッコはたくさん口にします。ロッコの学習意欲と理解力は抜群です。でもこの日のロッコはとても悩んでいました。
ここまで夢中で走ってきたけれど自分はいったい何ができるだろう?
考えれば考えるほど複雑にみえていく人間社会で。悩み多きロッコです。

ふとロッコは思いました。
あの朝の出来事に出会わなければ、こんなに考えたり、悩んだり、疑問を持ったり、答えを求めたり、してるはずもなかった。ふだんだったらいまごろは、南のサンルームのかどに敷いてある、大好きなラグの上でぐっすり寝ている。夜ご飯まで、。夜ご飯食べたら、、また寝る、朝ご飯まで、。そしてお昼時に軽く散歩にでる。
自分のテリトリーを回って、いつもの空き地で誰も見ていないことを確認して、いち、ニイ、サン、、と、キャット体操を始める。ネコ足を肩幅に開いて、と、いっても肩幅が無いので実際はほとんど開いていない。
大きく息を吸って胸を張りながら体を後ろに反っていく。手はもちろん腰だ。そのまま少しキープして、ためた息をゆっくりはきながらもどしていく。この時はく息を猫なで声にして、はいていくことを忘れてはいけない。
何故って?
ニャアァ~~ァン!
猫なで声は僕たちネコの最大の武器だからです。
この運動を日に三回やればいい。これは世界中どこのネコも本能的に知ってる運動なんだ。
何故するかって?
ニャア~~ンニャ!
しないと猫背になるからです。
と、独り空想の世界に浸っていたロッコはずいぶん違う今の生活との落差に、はっ! として、何か急に、恥ずかしくもおかしくも、何ともいえない気持ちになってしまいました。

やっぱり人間てすごいやぁ
僕たち動物はせいぜい安全と安心ぐらい、いつも頭にあるのは。
人間はそれにさらに義務、責任、行動、協調、、キョウチョウ!?
キョウチョウ、これが僕たちネコにはもうひとつ分からないんだ。

どうすれば学べるかなぁ、。
本を読むだけでは分からないことが、たくさんあることに気づき始めたロッコでした。
ロッコの悩みはつぎからつぎえとふくらんで、まるで真夏の青い空にポッカリ浮かんだ入道雲のようにもくもくと大きくなってしまいます。そんなとき少し弱気になったロッコは、“あの朝の出来事“のことを思い出してしまうのでした。
あの朝の出来事のあった夜、お父さんが帰ってくるのをロッコは、静かにまっていました。みんながそろったところで、きちんと話をしよう。それまでロッコは四足に戻り、普段と変わらず過ごしていました。ただいったん二足歩行になったのに、また四足で歩くのは両肩にとても負担がかかり大変だということが、しみじみわかりました。
ということは四足から二足になるということも、きっと体のどこかに負担があるだろう、、、気をつけよう。