第8章 RIN-NE

見覚えのある風景から、見知らぬ風景まで勢いは留まる事を知らず激しく変化していった。そして止まった。

あ!止まった。
一編の静止した画像がロッコの前にある。知らない風景だ。

どこだろう。
中の人々がゆっくり動き出した。
陽だまりがすみずみまで行き渡った、素朴な田園風景だ。
カタン、カタン、カタン、糸車が見える。浅黒く痩せた老人が、何人かの女性たちとともに、にこにこと糸をつむいでいる。

なにか話しかけてはみんなを笑わせている。質素だが、たっぷりとした木綿の生地を、上手に体に巻きつけて、あらわにしている片肌は、青年のそれのように艶やかで張りがある。彼がとても活力があり、行動的であることを物語っている。

ロッコは不思議な気持ちで首から顔へと目をやった。画面いっぱいに老人の横顔が広がった。おだやかでやさしい顔立ちだ。小さな眼鏡のおくには、信念にみちた目が柔らかい笑みをたたへ、そげた頬とむだの無い細い首は人生の大半を清貧と共に歩んできた老人の強い意志をあらわしている。

老人はゆっくりロッコに振り返った。
はっ!?、と、ロッコは咄嗟に身の翻りを試みたがすでに老人の鋭い眼力はそれを許さなかった。
ロッコは地面に張り付いたように一歩も動けない。老人はゆっくり座ったままロッコに相対した。
粛然として侵しがたい空気が漂う。

ロッコは体の力が抜けていくのが分る。同時に、とても素直な気分になっていくのを感じていた。
老人はロッコの頭に手を置いていとおしむように何度かなでて
「そうか、そうか」と大きく頷いて微笑んだ。
ロッコは、何かとてつもなく大きな事に、触れた様な神妙な気持ちになっていた。

また、すごいスピードで画面が変わりだした。先ほどよりさらに速く、さすがのロッコのネコの目もおいつきません。
そして、、止まった。
眼下に岩の塊のような小さな島が見える。ロッコは空から見ている。ゆっくり弧を描きながら下っていく。白い砂浜が見えてきた。
人がいる。岩べりに整然と並ぶ男たち。鋭い視線を海岸に向けている。のどかな風景を切り裂くように緊迫した空気がロッコの体にも巻きつき始めた。

波打ち際に、二人の男がやや距離をおいて対峙している。頭上高く振り上げた刀身が、陽光を浴びてキラリと光った。
サムライだ!
ロッコは思わず叫んだ。その時、

「エイッ!」
「ヤァッ!」

死を賭した、ふたりのサムライの体が左右に入れ替わった。
勝負は一瞬の攻防でついていた。なぎさに倒れた男に、一瞥することもなく走り去る、もう一人のサムライ。
ロッコは必死で彼の顔を追う。男は握っていた太い櫂の木刀を、空高く投げ上げた。木刀は、うなりをあげロッコめがけて飛んできた。

ニャギャッ!
寸前のところで身を反転して見事にかわしたロッコ。
ギロリとそれを見た男は薄く頷いた。やがて、待たせていた小船に飛び乗ると、一気に沖へと向かった。勝ち太鼓の音が、主役を失った浜辺から波頭を伝って、追いかけてくる。
男は半跏趺坐となり印を結んで目を閉じた。その顔は、歴戦を征してきたツワモノのそれではなくサムライが持つ、宿命と哀しみをたたえていた。
残照を浴びてキラキラ光るその背中をロッコは、なにか懐かしささへ憶えながら、じっと見つめていた。

「ロッコ」
遠くで誰かがよんでいる。

「ロッコ、、、ロッコ、だいじょうぶ?」
目の前だ、目の前から誰かが呼んでいる。

「ロッコ」
あ、あのひとだ! あれ、ボクどうしたんだろう!?
え、今の何? 誰?、、誰だったの?
「大丈夫よ、ロッコ」
でも、誰なの?
その人の顔からす~と笑みが消え、ロッコをじっと見つめ諭すように言った。

「あなたですよ。ロッコですよ!」
え!?