第1章 ロッコ

さっきから部屋のあっちこっちを、行ったり来たり落ち着かない様子の変なネコがいます。変な、というのは、まるでねんねこバンテンのように、ぴかぴかのランドセルを背中に巻きつけて、二足歩行で小走りにスタスタと歩いているからです。
耳がとても小さく畳まれているので、まあるいお山のような頭です。とてもなでやすい。小動物で耳が小さいのは、負けん気でとても勇気がある動物が多いといいます。勇気があって優しくて、なでられるのが大好きで、そして本当に賢いネコ、それがロッコです。

今日のロッコは、朝からとてもそわそわしています。特別に作ってもらった朝食も、きょうはのどをとおりません。心配です。でもこれには訳があります。ロッコは今日から学校に通います。普通の学校です。小学校4年生に編入します。

家の外には内外の報道陣がたくさんあつまっています。ロッコの姿をひと目見ようと、近所の人達や、遠くから来た人達、ロッコファンの女の子たち、この地域のネコの顔役とら吉親分以下、舎弟のキジとら、ブチとら、クマとらたちが自分たちのヒーローの出現をいまや遅しとまっています。
ネコが学校に入るのは、初めてだそうです。だから入学が決まるまで、それはそれは大変でした。そもそも世界中を席巻したこの話題の発端は、V.R.Vなる組織が3ヶ月前、次の様な短い声明を世界に発信したことから始まりました。それは実に唐突でした。

“我々VIVA ROCCO VISIONは、ロッコという名の、人並み以上のIQを持ったネコの活躍を今後いかなる状況においても応援、支持していくことを、ここに表明します”

この一見、タブロイド紙の隅でも飾りそうな声明が瞬く間に全世界を巻き込み、トップニュースとして扱われたのは、ほかならないそこに署名された7人の名前に、各国が仰天したからでした。興奮も覚めやらぬ、ひと月後、おなじくV.R.Vから、衝撃の第2弾が発表されました。

“みなさんこんにちは、ボクは、ネコのロッコです。ネコですが是非学校に行って勉強して、皆さんのお役に立ちたいとおもっています。どうかよろしくお願いいたします。”
もう蜂の巣をつついたように、世界中はてんやわんやになりました。

『ネコ』が学校に入るなんてとんでもない! 真っ先に大きな声をあげたのは、イヌ派の人達でした。

世の中はイヌ派とネコ派と、そのどちらでもない人に分けられるそうです。イヌ派の人達はとても多く、世界の各地で反対運動がおこりました。父兄もPTAも大騒ぎでした。新聞やテレビも毎日大騒ぎでした。
大きな国の高名な学者が、
「歴史上あってはならないこと。即刻、中止すべき!」と、テレビの前で大統領とならんで長い長い演説をしました。
賛成の子も反対の子も、老人も病気の人も、ニートもフリーターも、みんな夢中になって話題にしました。いつのまにか国境を越え、言葉の違う国の人達のあいだにも、すごい勢いで広まり、みんなみんな熱くなりました。

もう、世界中でロッコの名前を知らない人はいません。
でも、世界中の人達の多くは、ネコが学校に行くことには反対のようでした。

ロッコは考えていました。
ネコ派の人達はだんだん肩身の狭い思いにかられてきました。
「なぜ、ネコが学校に行かなければならないのか!」
一番多い質問でした。でも誰も答えられません。
ネコに入学を許すなら、その前に、まずイヌに許すべきだ。イヌがいかに社会の中で人に役にたってきたか、盲導犬、警察犬、救助犬、、、、、、たくさん、たくさん例をあげてネコ派にせまりました。ネコ派は、返す言葉もなく黙ってしまうしかありませんでした。馬好きな人達も発言しはじめました。次から次へと動物の名前がたくさんあがりました。もうネコ派の人達にがんばる力はありません。

ロッコは考えていました。
2ヶ月前、自分が学校に行きたいと言いだした時、おそらくそれがこの国では大変な問題になるだろう。この国にかぎらず、世界中をあっという間に駆け巡り、このわかりやすい話題は、子供から大人まで、かんかんがくがく熱弁を振るいあうに違いない。
ふだんあんなにネコを可愛がっているけれど、「学校に行く」という自分たちと同等の環境がネコに与えられるとなると、話は別。高みに立ってる人間のプライドがとても、傷つくらしい。とにかく人間はいつも一番上に居たいんだ。

だからこんなことはとんでもないことで、きっと非難の言葉の前には、必ず
「ネコのくせに、、」「ネコなんかに、、」
と言われてるにきまっている。でも今はいいんだ、、。今は、、。
ロッコはこういう様相の成り行きを、読んでいたかのように、ひとり冷静に次の展開を考えていました。
国が違い、言葉が違う人達にとっても「ロッコ」とひとこと言えば、それがキーワードになってみんな熱くなっていました。子供だってふだんは、大人に簡単にやりこめられてしまうけれど、ロッコの話になると、簡単には引き下がらないで、あんなに目を輝かしてしゃべっている。
そろそろかな、、、。ロッコはその時がきたことを感じていました。でも、気持ちはとても落ち着いていました。
今、ロッコ自身が直接話をするため、大きなテレビ局のスタジオに関係者と共にいます。衛星放送やインターネット、最新のインタープラネットで世界中の人達がみまもってます。
こんなに多くの国々に配信するのは、テレビ局が始まって以来だと、みんな大忙しです。
スタジオにも各国のマスコミ、ジャーナリスト、それからアフリカ、ヨーロッパ、オセアニア、アジア、アメリカ等の国々の人々からまんべんなく選ばれた一般視聴者達もぎっしり押し掛け、今や遅しとすごい熱気です。前代未聞、ネコのスピーチが全世界に流れる瞬間です

「まもなくで~す」
ロッコが腰を上げようとしたとき、大好きな大きな手がロッコの背中に優しく触れました。
モーム・チャンスウィンスキー(Moam・Chancewinsky)博士です。脳科学の世界的権威であり、ロッコの最大の理解者です。

「私が先に、」
用意された椅子にゆったりと座った博士に、パシャ、ピカパシャ、パシャと遠慮のない、たくさんのカメラのシャッターが切られ、もうこれ以上はないほどのフラッシュの固まりが博士にぶつかってきました。博士は至って気にせず、興味ありげにスタジオを見回し、
合図と共に穏やかに話し始めた。

「皆さんこんにちは、モーム・チャンスウインスキーです」

アッ!と、おそらく世界中の科学者が息をのんだに違いない。それほどに重い第一声だった。というのも現代最高の知性とうたわれ、尊敬と信頼を一身に集めていた博士が突然の休養宣言を発表したのは、ちょうど一年前のことでした。

「わたくしは、きわめて個人的な理由で一年間皆様とお目にかかれなくなるとおもいます」
と、始まった博士の休養宣言は世界で様々な憶測をうみました。病気説、科学者としての限界説、世界平和推進会議の議長でもあった博士は、いっこうに和平へと進まない紛争地域の数々に、大変、心をいため責任も感じていました。そのため議長をやめたいのではないか。自分の無力さを感じての引退説などなど、、。

しかし、本当の理由は博士の永い研究人生の中でも天地がひっくり返るほどの衝撃をあの日、受けたからです。それがロッコとの出会いでした。それは1年と少し前のことでした。

そのころロッコは2歳の誕生日を迎えようとしていました。日増しに成長がはやくなっていることに気づいていました。強い不思議なエネルギーが後押しするように、すごいスピードで変化していく自分を感じていました。
それでも「もっと急がなければ」と、自分に言い聞かせていました。あの出来事以来ロッコはすっかり変わりました。でも選んだ道です。あの時ロッコはそれが自分の運命だと悟ったのです。まだ2歳にも満たないロッコにとっては、それはとても大きな決断でした。
そして、本当にその決断によって180度ロッコの運命、ロッコ自身が変わったのです。

あの朝の出来事のあと、、