プロローグ

「さ、急いで急いで!」
小走りに丘の上を目指して、体を左右に振りながら必死の形相でかけあがっていく人影がある。
もうとっぷりと日が暮れた、ここモランゴーニュ(Morangogne)の丘は、この村一番の高い丘だ。

「さ、急いで急いで!」
古くから村人たちに、地上のほうき星と呼ばれて親しまれている、この美しい一本道は、広い野原を二つに分けるように、東の丘のうえへとまっすぐに続いている。
満天の夜空が輝きだした。月明かりに照らされたその人の顔は、深いしわにおおわれて、かなりのお歳のご婦人と判るが、若い頃の元気な面影をまだ残していて、親しみやすいおばあちゃんというかんじである。
白いネコを抱いている。こちらは更に老齢で、閉じかかる瞳を婦人の励ましで、必死にこらえている。

「まだだからね、まだだからね、もうすぐよ、もうすぐ会えるから、、、がんばるのよ!」
静まりかえった広い野原では、ただ一匹の虫の鳴き声も一羽の鳥のさえずりも聞こえない。みな固唾を呑んで何かを見守っているようだ。婦人の吐く息使いと甲高い声だけが、誰に聞かせるのか東の空に向かって飛んでゆく。

ようやく丘のうえに立った婦人は
「どこ! どこ! どっち、どっち!」
もう息の絶えかかったそのネコを、夜空に向かって差し出すように掲げて
「どこなの、どこ!」
無数の星の中、悲鳴にも似た声をあげて何かを、探しているようだ。

「あった! あった! いた、ロッコだ! ほらみなさい、ロッコよ。一番輝いてる!」
婦人は溢れる涙をこらえながら、震える手を思いっきり差し上げた。白いネコも必死で開いた瞳から最後の、本当に最後の小さな一粒の涙を流し、しっかりとその星を見つめて、幸せそうにゆっくりと眼を閉じた。